アメリカのベネズエラ侵攻と国際法・国際秩序を無視する「MAGAトランプ2.0」の行動原理【中田考】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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アメリカのベネズエラ侵攻と国際法・国際秩序を無視する「MAGAトランプ2.0」の行動原理【中田考】

《中田考 時評》文明史の中の“帝国日本”の運命【第5回】 ニヒリズムの2(20/21)世紀の四半世紀が過ぎて

 

8.ニヒリズムと力への意志

 

 少し脱線し、冒頭に述べたニヒリズムに話を戻す。

 遺稿『力への意志』の「本書の構成(Zum Plan」の中でニヒリズムについてニーチェは述べている。

  1. 道徳に対する懐疑心が決定的な要因である。道徳的世界観の崩壊は 、 来世への逃避を試みた後、もはや正当化される余地はなく、ニヒリズムに陥る。「すべては無意味である」後略 
  2. 現在の自然科学(そして死後の世界への逃避の試み)のニヒリスティックな帰結。その実践は 最終的に自己破壊、自己への反抗、反科学的な姿勢へとつながる。コペルニクス以来人類は(宇宙の)中心から反対側へと転落した。
  3. あらゆる「原則」が無視される政治的・経済的思考様式のニヒリズム的帰結 「演技に特に見られるのは、凡庸さ、惨めさ、不誠実さといった気配、ナショナリズム、無政府主義、そして懲罰(Strafe)だ。 救済する階層(Stand)と人間、つまり正当化する存在が欠けている」[14]

 ニーチェによると、ニヒリズムとは人類の実存の(Dasein)の有限性の認識の帰結として、世界や生の意味の「価値づけ」の前提であった最高価値に根拠への信憑が自壊する過程であり、ニヒリズムを徹底することで「なぜ生きるのか」「何のためにか」という問いに答えがないことが露呈し、生の不条理が洞察される。ニヒリズムとは人類史における真理への誠実性(Wahrhaftigkeit)の帰結としての道徳批判であると同時に道徳への確信(Glauben)の産物である。[15]

 純粋に道徳的な価値体系 はすべてニヒリズムに陥る。人々は宗教的背景がなくても道徳主義で間に合うと信じているが、それも必然的にニヒリズムにつながる。

 ニーチェはニヒリズムを能動的ニヒリズムと受動的ニヒリズムに二分する。重要なのは能動的ニヒリズムで、精神の力が高まった結果として現れ、既存の価値を否定し乗り越えようとする積極的な態度であり、新たな価値創造への前段階となる[16]

 

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ

 

9.力への意志の化身としてのMAGAトランプ

 

 ニヒリズムの一形態である《「原則」の無視》とは、フィッツロイが言う「integrityの消滅」「モラルゼロ」「社会の根幹が失われること」であり、まさに国際法、国際秩序を無視する「MAGAトランプ2.0」の行動そのものである。ニーチェは力への意志について述べる。

 力への意志は抵抗においてのみ顕現する。したがって、権力は自身に抵抗するものを求める。これは仮足を伸ばして手探りで動き回る原形質の本来の傾向である。占有と統合は、何よりもまず支配への意志であり、形成、変形-変容であり、最終的には支配されたものが侵略者(Angreifer)の勢力圏(Machtbereich)に完全に入り込み、それを増大させるまで続く[17]

 ベネズエラの首都にデルタフォースを派兵しマドゥロ大統領を拉致し連行した後に、メキシコ、コロンビアにも軍事介入を示唆し、グリーンランドの併合を口にし、キューバの政権を倒し国務長官のマルコ・ルビオをキューバの大統領に据えることも辞さない力への意志の権化のようなトランプこそまさに、見掛け倒しで凡庸なナショナリズム(MAGA)によってあらゆる既存の価値の原則を乗り越え新たな価値創造の先駆けとなる能動的ニヒリストと言うことができよう[18]

 ヨーロッパ最初の完全なニヒリストを自認するニーチェが言う狭義のニヒリズムは真理への誠実性(Wahrhaftigkeit)の帰結として「なぜ生きるのか」「何のためにか」という問いに答えがなく、世界も人間の生も不条理であることを直視した時に生まれる。

 広義のニヒリズムはプラトン(ソクラテス)から始まるが、現在のリベラリズムはキリスト教道徳が世俗化したものと考える方がよい。ニーチェはキリスト教をルサンチマンの宗教、その道徳を奴隷道徳と呼ぶ。

 奴隷民は現実の政治体制としての支配関係を逆転できる力は持っていない。しかし彼らは圧制者に対し歴史上他に類を見ないほどの智略に富んだ復讐を果たしたのである。それこそが「道徳における奴隷一揆」である。僧侶的種族は圧制者に報復するために彼らの敵である高貴な種族の<強さ=よさ>の公式を転覆し、逆に<強さ=悪(böse)>にしてしまった。高貴な種族にとっての「よさ」である「強さ」は、僧侶的種族にとっては恐るべき、憎むべき「悪」である。反対に「弱さ」を「善」とし、善悪の基準を逆転させた。以上のように、奴隷道徳の源は、虐げられた弱者のルサンチマンであるということを、ニーチェは語源学に心理学的考察を加え明らかにした。(飯田「『道徳の系譜』」99頁)   

 強者の自己肯定であった善を憎むべき悪に、弱さを善に逆転させたキリスト教の道徳を、ニーチェはルサンチマンの道徳と呼んだ。そしてその世俗化した現代バージョンが、トランプが廃止したDEI(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包括性)をスローガンとするリベラルの「被害者意識の文化(Culture of Victimhood)」である。言葉による侮辱も「被害」とみなし「自分が被害を受けた」と喧伝してすぐに他人に助けを求め訴訟を起こしたりすることが被害者意識の文化の特徴である。これはマイノリティや左派の戦略であったが、昨今ではマジョリティや右派も自分たちこそが被害者であるというポジションを取るようになった(Oppression Olympics:抑圧オリンピック)[19]

 これがニーチェが予言したニヒリズムの二世紀(20/21世紀)前半が終わり21世紀の四半世紀が過ぎた現在の時代状況なのである。

 


[14] 本書はインターネットProjekt Gutenberg上の1922年版Friedrich Nietzsche著『力への意志(Der Wille zur Macht)』(https://www.projekt-gutenberg.org/nietzsch/willmac1/titlepage.html)を参照した。参照個所は第1部「ヨーロッパのニヒリズム」の序説「本書の構成」の3、5、6節である。

 無前提な学問などなく、科学にも「真理以上に必要なものは何一つない」との真理への無条件の意志を前提とする。「真理への意志」の根底には「自分自身を欺かない」という道徳的価値観「誠実性」がある。しかし生とはそもそも「錯誤・欺瞞・偽装・幻惑・自己欺瞞」であるため、科学を推進する「真理への意志」は「今生と別な」真の世界を目指すことになり現世の否定に行き着くことになる。飯田明日美「『道徳の系譜』における「力への意志」の位置づけ」『東洋学園大学紀要』32巻(2024年3月31日)104頁参照。

[15] 『力への意志』第1部「ヨーロッパのニヒリズム」の第1章「ニヒリズム」2、3、19節参照。

[16] 受動的ニヒリズムは、精神の力が衰退することによって現れるニヒリズムであり価値の喪失に耐えられず虚無に沈み込み生そのものから退却しようとする態度である。同上、22節。

 人間は何も欲しないよりはいっそむしろ虚無を欲する。虚無への意志も何らかの意志であり、意志はかろうじて何らかを意志しており、それにより意志そのものは救われる。生がある以上、意志は止まない。飯田「『道徳の系譜』における「力への意志」の位置づけ」101~104頁。

[17] 『力への意志』「第2部:これまで最高とされてきた価値への根本的批判」「第2章:自然における力への意志」「第2節:生命としての力への意志」「(a)有機的過程」656項。

[18] Cf., “William JacksonTrump floats action against Colombia, Cuba, Mexico, Iran and Greenland”,San, Jan 06, 2026/1/6、「トランプ氏、米国務長官のキューバ大統領就任」2026年1月12日付『日本経済新聞』。

[19] ベンジャミン・クリッツァ―(BenjaminKritzer) “「被害者意識の文化」と「マイクロアグレッション」”2022年7月21日「動物と人間のあいだ」『shobunsha スクラップブック』。

 

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 納税者としては政治の要領の悪さがもどかしく悔しいかぎりである。

 私は「国力」というものの要件は経済力」、「軍事力」、そして「政治力」だと考えるが、これらの全てを備えた国家は、現在どこにも存在しない。

 (中略)

 そして日本では、疑いもなく政治力」がこれからのテーマである。

 「日本の政治に足りないものはなんだろう?」情報収集力? 国会の合議能力? 内閣の利害調整能力?  首相のメディア・アピール能力?  国民の権利を保証するマトモな選挙?  国民の参政意識やそれを育む教育制度?

 課題は随分ありそうだが、改革の糸口を探る上で、アメリカの政治システムはかなり参考になりそうだ。アメリカの政治にも問題は山とあるが、こと民主主義のプロセスについては、我々が謙虚に学ぶべき点が多いと思っている。

 (中略)

 本書では、行政府であるホワイトハウスにスポットを当てて同じテーマを追及した。「世界一強い男」が作られていく課程である大統領選挙の様子を描写することによって、大統領になりたい男や大統領になれた男たちの人間としての顔やフッーの国民が寄ってたかって国家の頂点に押し上げていく様をお伝えできるものになったと思う。 I hope you enjoy my book.」

(「はじめに」より抜粋)

 

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ALL ABOUT THE U.S. PRESIDENTIAL POWER

How much do you know about the worlds’s most powerful person―the President of the United States of America? This is the way how he wins the Presidential election, and how he rules the White House, his mother country, and the World.

<著者略歴>

高市早苗(たかいち・さなえ)

1961年生まれ、奈良県出身。神戸大学経営学部卒業後、財団法人松下政経塾政治コース5年を修了。87年〜89年の間、パット•シュローダー連邦下院議員のもとで連邦議会立法調査官として働く。帰国後、亜細亜大学・日本経済短期大学専任教員に就任。テレビキャスター、政治評論家としても活躍。93年、第40回衆議院議員総選挙奈良県全県区から無所属で出馬し、初当選。96年に自由民主党に入党。2006年第1次安倍内閣で初入閣を果たす。12年、自由民主党政務調査会長女性として初めて就任。その後、自民党政権下で総務大臣、経済安全保障大臣を経験。2025年10月4日、自民党総裁選立候補3度目にして第29代自由民主党総裁になる。本書は1992年刊行『アメリカ大統領の権力のすべて』を新装重版したものである。

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中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

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